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大阪地方裁判所 平成5年(ワ)12187号 判決

主文

一  被告は原告に対し、金七二万七一四七円及びこれに対する平成五年一二月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の、その余を被告の各負担とする。

理由

第一  請求の趣旨

一  被告は原告に対し、金一〇八万二一四七円及びこれに対する平成五年一二月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  仮執行の宣言

第二  事案の概要

一  争いのない事実等

1  原告は次の商標権(以下「本件商標権」といい、その登録商標を「本件登録商標」という。)を有する(争いがない。)。

出願日 昭和四二年一二月三〇日

出願番号 昭和四三年第一〇三号

登録日 昭和四九年七月八日

登録番号 第一〇七六〇三九号

指定商品 旧第一六類 織物、編物、フェルト、その他の布地

登録商標 別紙記載のとおり

2  原告は、本件商標権について、昭和五九年三月一二日、存続期間の更新登録の出願をし(昭和五九年商願第二〇四九二五号。以下「本件更新登録出願」という。)、以下の経過により、平成五年一一月二九日存続期間更新の登録がされた((一〇)及び(一三)の到達の日を除き争いがなく、到達日についてはそこに掲記の書証によつて認められる。)。

(一) 特許庁審査官は、本件更新登録出願に対し、昭和五九年四月一七日付拒絶理由通知を発した(同年六月一五日発送)。その理由は、願書添付の登録商標の使用説明書(商標法二〇条の二第一号に規定する書類、すなわちその出願が同法一九条二項ただし書二号に該当するものでないことを証明するために必要な書類。)に示されている商標使用に係る商品「毛布」は本件登録商標の指定商品に属さないから、本件登録商標をその指定商品について使用しているものとは認められず、したがつて、商標法一九条二項ただし書二号により登録できない、というものである。

(二) これに対し、原告は、昭和五九年七月二四日付で、登録商標の使用説明書の「商標の使用に係る商品名」欄の記載を「毛布」から「フェルト」に訂正し、商標の使用の事実を示す書類として添付した「毛布」の写真三葉を「フェルト」の写真一葉に補正する旨の手続補正書(以下「本件補正書」という。)、及び「商標の使用に係る商品名」欄の記載及び写真の添付は誤記及び錯誤によるものであり、右補正により拒絶理由は解消された旨の意見書を提出したが、特許庁長官は、同年八月三一日付で、使用説明書の補正は認められないという理由でこれらについて不受理処分をした(同年九月一四日発送。以下「本件不受理処分」という。)。その際、特許庁長官は、釈明するのであれば意見書の理由の欄に記載されたい旨付記した。

(三) 原告は、昭和五九年一〇月一八日、本件不受理処分の取消しを求めて行政不服審査法による異議申立てをするとともに、前記付記に応じて、意見書を提出した。

(四) 特許庁審査官は、昭和五九年一一月二〇日、本件更新登録出願は(一)の拒絶理由通知記載の理由により拒絶すべきものと認めるとして拒絶査定をし、「出願人が意見書と同時に提出した商標使用の事実を示す書面(写真)に示されたものは、出願時にはみられないまつたく新たなもので、証明の内容を実質上変更するものであるから、これを認めることは、商標法二〇条の二及び二一条一項二号の趣旨に反するものと判断する。」と付記した(昭和六〇年一月一一日発送。以下「本件拒絶査定」という。)。

(五) 原告は、昭和六〇年一月二一日、本件拒絶査定に対する不服の審判請求をした(以下「本件審判請求」という。)。

(六) 特許庁長官は、昭和六〇年一一月一九日付で(三)の異議申立てを却下する旨の決定をした。

(七) 原告は、昭和六〇年一二月一八日、特許庁長官を被告として、本件不受理処分の取消しを求める訴えを東京地方裁判所に提起した(同地方裁判所昭和六〇年(行ウ)第二〇三号。以下「第一次訴訟」という。)。東京地方裁判所は昭和六二年四月二七日、これを容れて本件不受理処分を取消す旨の判決をし、この判決は確定した。

(八) 原告は、第一次訴訟の勝訴判決が確定したことを受け、特許庁長官に宛て、昭和六二年五月二七日、その旨通知するとともに本件不受理処分の対象となつた本件補正書及び意見書を添付した上申書を(同月二九日受理)、平成四年九月九日(同月一一日受理)と平成五年二月一五日(同月一七日受理)の二回にわたつて、本件更新登録出願について至急審査をするよう求め、かつ審査の実情について回答するよう求める上申書を、それぞれ特許庁に提出した。

(九) 原告は、平成五年七月一二日、特許庁長官を被告として、本件更新登録出願に関し登録査定をしないことは違法であることの確認を求める旨の訴えを東京地方裁判所に提起した(同地方裁判所平成五年(行ウ)第一九七号。以下「第二次訴訟」という。)。

(一〇) 特許庁長官は、同年八月九日付で、原告に対し、本件審判請求の担当審判官の氏名を通知し、同通知書は、同月二三日、原告に到達した。

(一一) 特許庁は、平成五年八月一八日、本件審判請求について、原査定を取り消し本件登録商標の商標権存続期間の更新は登録をすべきものとする旨の審決をし(以下「本件審決」という。)、右審決書は同月二四日発送された。

(一二) 第二次訴訟については、平成五年九月六日と同年一〇月八日の二回にわたつて口頭弁論期日が開かれたが、原告は、第二回の口頭弁論期日において、訴えを取り下げた。

(一三) 同年一一月二九日、本件更新登録出願について存続期間更新の登録がされ、同年一二月六日、特許庁からその旨の通知書が原告に到達した。

二  請求の概要

本件請求は、第一次訴訟について原告勝訴の判決が昭和六二年四月二七日になされて同年五月には確定し、また、原告が、同月二七日に本件不受理処分の対象となつた本件補正書及び意見書を添付した上申書を特許庁に提出し、更に、平成四年九月九日と平成五年二月一五日の二回にわたつて至急審査をするよう求める上申書を特許庁に提出してもなお、審査も審決もされなかつたので、原告は第二次訴訟を提起せざるを得なかつたのであり、これら審査ないし審判をしなかつた不作為は国家賠償法一条一項にいう違法な公権力の行使に当たる、と主張して、被告に対し、第二次訴訟の印紙代、予納切手代、弁護士費用(内金)及び弁護士の出張旅費の合計一〇八万二一四七円の損害の賠償(及び訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな平成五年一二月二五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金)を請求するものである(なお、原告は、特許庁長官が作為義務に違反したことの違法を主張しているが、作為義務を負担するのが特許庁審査官又は特許庁審判官であることを前提に、これらの公務員の不作為に違法性があるか否かという形で右請求の当否を判断することを排除する趣旨ではない。)。

三  争点

1  特許庁長官又は特許庁の審査官もしくは審判官が、第二次訴訟の提起に至るまで審査ないし審判をしなかつた不作為は、国家賠償法一条一項にいう違法な公権力の行使に当たるか。

2  前項が肯定された場合、違法な公権力の行使と原告主張の損害との間に因果関係が認められるか。

3  前項が肯定された場合、原告に生じた損害の額。

第三  争点に関する当事者の主張

一  争点1(特許庁長官又は特許庁の審査官もしくは審判官が、第二次訴訟の提起に至るまで審査ないし審判をしなかつた不作為は、国家賠償法一条一項にいう違法な公権力の行使に当たるか)

1  原告の主張

(一) 原告の請求を認容し、本件不受理処分を取り消した第一次訴訟の判決が遅くとも昭和六二年五月中に確定し、また、原告が昭和六二年五月二七日に本件不受理処分の対象となつた本件補正書及び意見書を添付した上申書を特許庁に提出したのであるから、特許庁長官は、本件更新登録出願について速やかに審査手続で審理をすべき義務があるにもかかわらず、これを放置し、原告が平成四年九月九日と平成五年二月一五日の二回にわたつて本件更新登録出願について至急審査をするよう求める上申書をそれぞれ特許庁に提出してもなお、本件更新登録出願についての審査も、本件審判請求についての審決もされない状態であつた。

本件商標権については、平成六年七月八日に存続期間が再度満了するため、平成六年一月八日から再び更新登録手続をしなければならないことになるので(再度一〇年が経過したときに、本件更新登録出願について重ねて商標法二〇条四項の適用があるか否かは明らかでない。)、原告は、平成五年七月一二日、第二次訴訟を提起することを余儀なくされた。この時点で、第一次訴訟が確定し、本件不受理処分の対象となつた本件補正書及び意見書を添付した上申書が特許庁に提出されてから六年余、本件更新登録出願から九年余が経過している。これだけ長期にわたり審査も審決もしないのは、違法な公権力の行使というよりほかはない。ちなみに、存続期間の更新登録は、通常、出願から三か月ないし六か月で終了している。

(二) 第一次訴訟において、特許庁長官が本案前の抗弁として「本件各不受理処分を取消すことにより原告に回復される利益はなく、本件訴えは、訴えの利益を欠く。」と主張したのに対して、確定判決が、「右拒絶査定に対し審判を申立てたからといつて、本件各不受理処分の取消しを求める利益がなくなるものではない」と判断しているところから、右確定判決後は、本件更新登録出願について審査手続によつて審査すべきであり(右確定判決も本件更新登録出願が審査手続において審理すべきであると判断したものと解される。)、本件審判請求が係属していることを理由に審判手続において処理するのは、原告の審級の利益を奪うものであると考えられる(ただ、存続期間の更新登録さえされれば、原告がその点について不服を申立てる利益がないので不服を申立てないだけである。本件訴訟においても、直接その点の違法を主張するものではなく、どちらの手続によつて処理するべきであるにせよ、長期にわたつて審査をしなかつたのが違法であると主張するものである。)。

この点につき、被告は、第一次訴訟の確定判決によつて原告には訴えの利益があるとして本件不受理処分が取消されたものの、その時点において、原告が既に本件審判請求をし、事件は審判に係属していたのであるから、審判手続において審理・判断されるべきであると主張する。

右被告の主張は、一般論としては誤りではないが、第一次訴訟の確定判決は、「本件更新登録出願の拒絶査定に対する審判において、本件使用説明書の補正が許されれば、右審判を申立てることにより原告の目的が達せられるので、あえて本件各不受理処分の取消しを求める必要もないといえるが、特許庁の実務は右補正を許していない」として審査段階における本件不受理処分を取消したのであり、したがつて原告も本件不受理処分の対象となつた本件補正書及び意見書を添付した昭和六二年五月二七日付上申書を特許庁長官あてに提出したのであるから、更新登録をすべき旨の決定は、審査手続においてなされるべきは当然である。被告がその主張の根拠として挙げる、審判手続が審査手続の続審の関係にあるという点は、民事訴訟における第一審と第二審の関係と同様であるところ、第一審で全く実質審理がなされなかつたときは、第二審は第一審判決を取消して差し戻し、第一審において実質審理をなすべきであるのと同様、本件においても、原告の審級の利益を考慮して事件を審判手続から審査手続に差し戻すべきであつたのである。

また、被告は、審査手続中に提出された書類が不受理となり、行政不服審査法による異議申立てや行政事件訴訟法による処分取消しの訴えの提起がされても、審査手続における審査の続行、処分の執行を妨げるものではないと主張するが、一般的には右の各法条により拒絶査定をすることが適法であるとしても、本件補正書のような補正を認めていなかつた特許庁の実務に対して原告は第一次訴訟を提起して裁判所の判断を仰いだのであり、裁判所も、右補正が許されると判断しているのであるから、本件のようなケースでは、特許庁は裁判所の判断があるまで審査手続の進行を見合わせるべきであつたのであり、本件拒絶査定は実質的に違法であるといわなければならない。

さらに、被告は、原告は審判手続において新たな証拠資料として手続補正書及び意見書を提出することによりその内容を審理手続に反映させる機会が保障されていたと主張するが、原告が審判手続においてこのような書類を提出すればこれについて不受理処分がされるのは明らかであつたのであり、全く形式的な法律論である。

(三) 被告は、審判手続においてどの程度慎重に審理すべきかについては、商標法等、関連法令に違背しない範囲で自由に決することができるというべきであり、審判手続に関する裁量の範囲は相当広範であるというべきであると主張する。しかし、審判手続は審査手続の続行であり、審査手続における特許庁の要件審査はいわゆる行政法上の覊束行為であり、特許庁が拒絶理由を発見しなければ当然登録しなければならず、裁量の余地は全くない。本件においては、第一次訴訟の確定判決が本件不受理処分を取消した以上、特許庁としては速やかに本件補正書を受理した上更新登録をすべきであつたのである。なお、当時の商標法によれば、使用証明書といわれるものは、積極的に登録商標を使用していることを証明するものではなく、「使用をしていないとき」(同法一九条二項ただし書二号)に該当するものでないこと(同法二〇条の二第一号)を証明するものであり、実務上、出願人が提出した証明書によつてすべて更新手続が行われているのである。

(四) 被告は、本件審判手続は適正かつ正当な手続のもとに行われたものであり、少なくとも、その過程が明らかに不合理と認められる場合ではなかつたというべきであるとし、考慮すべき事情として、まず多数の未済事件が係属していたことを挙げるが、このことは特許庁が自ら招いたことである。

また、本件審判請求に対する判断がリーディングケースとして現在及び将来における更新登録の審査、審判手続に影響を与えることが予想されることから、審判官は特に慎重に審判手続を進める必要があつた旨主張するが、本件不受理処分を取消された特許庁長官としてはこれに従うべきであり、他の事件と異なる審査、審判をする理由にはならない。仮に特許庁において、本件審判請求について特に慎重な審理をしていたというのであれば、原告が上申書を提出した段階で、事情を説明すべきである。

2  被告の主張

(一) 原告は、第一次訴訟の確定判決後は本件更新登録出願について審査手続で審査をすべきである旨主張する。

しかし、右判決によつて原告には訴えの利益があるとして本件不受理処分は取消されたものの、その時点において、原告が既に本件審判請求をし、事件は審判手続に係属していたのであるから、審判手続において審理・判断されるべきものである。

なぜなら、そもそも不服の審判は、審査の判断に過誤がある場合を想定し、その過誤の是正を目的とするものであつて、審査の続審の関係にあり、その手続は、審査手続における審理を基礎としつつ、補充された新たな証拠資料をも基礎資料として審査の判断の当否を審理するものであり、出願の審査と同様な手続を必要とするものであるため、その処理手続について審査に関する規定を準用している(商標法五六条、特許法一五八条、一五九条)からである。

また、審査手続中に提出された書類が不受理となり、行政不服審査法による異議申立てや行政事件訴訟法による処分取消しの訴えの提起がされたとしても、審査手続における審査の続行、処分の執行を妨げるものではなく(行政不服審査法四八条、三四条一項、行政事件訴訟法二五条一項)、しかも、原告は、審判手続において新たな証拠資料として手続補正書及び意見書を提出することによりその内容を審理手続に反映させる機会が保障されていたのであるから、審査手続における不受理処分の取消しの判決が確定したからといつて、必ずしも審査手続によつて再度審理すべきであるとはいえない。

(二) 審査官が一人で判断する審査手続においては、行政の画一性、公平性の面から後記商標審査便覧等に忠実に従つた判断が望まれるのに対して、審査官の拒絶した理由が適当であつたか否かを知識、経験が豊富な審判官三人又は五人の合議体の合議により審理する(商標法五六条一項、特許法一三六条一項)審判手続においては、当該事件における特殊事情も考慮され、具体的、個別的に判断される。そのため、より慎重な判断をするときには、相当の期間を必要とする場合もある。

更新登録出願の審査手続において、適正な願書と使用説明書が提出されている場合には、原告主張のように更新登録が出願から三か月ないし六か月で終了しているケースがあることは否定しない。しかし、審判手続においては、審判請求がなされた順に着手、処理しており、本件審判請求がされた昭和六〇年における商標に関する審判事件の処理状況は、審判請求件数が五四五六件、処理件数が二八九六件、未済件数が二万四四一三件であつて、平均処理期間は八年強であり、当時、多数の未済事件の処理に努めていたので、審査手続のように六か月以内に審決がされたケースは見当たらない。ちなみに、昭和六一年については、審判請求件数が四二五一件、処理件数が三〇七五件、未済件数が二万五五八九件であつて、平均処理期間は約八年四か月であり、昭和六二年については、審判請求件数が四三七八件、処理件数が四五四九件、未済件数が二万五四一八件であつて、平均処理期間は約五年七か月である。

ところで、審判事件は、事件ごとに担当する審判官が指定されるが、審判官の在任期間は約二年間であり、要処理期間が長期化している状況においては、審決が出されるまでに人事異動等で審判官の指定換えが行われるケースが多いのが実情である。本件審判請求についても、最初の担当審判官が指定されて以来、本件審決をした審判官が平成五年四月に本件の担当審判官となるまでの間に数名の指定換えがあつた。

特に、本件においては、以下のように、第一次訴訟の確定判決が新判断を下したものであり、それを受けて行われる本件審判請求に対する審決も特許庁における更新登録の審査、審判手続に影響を与えるリーディングケースとして、特に慎重な審理が必要だつたのである。

(1) 使用説明書の従来の取扱とその変更

使用説明書は、更新登録出願前三年以内にその登録商標の使用をしていないことがない旨を証明するための書面であり、更新登録の出願時に既に確定している事実を客観的に証明するものであるから、使用説明書の補正を認める必要性が極めて乏しい。また、補正を認めることとすれば、大量の更新登録の出願を迅速に処理することが困難となる。

そこで、第一次訴訟の判決が確定する以前の特許庁の実務においては、出願と同時に提出された使用説明書の内容を実質的に変更するような補正は認めないこととし、拒絶理由通知に対する応答として提出された手続補正書であつても一律に不受理処分としていた。

しかし、第一次訴訟の判決が確定したことを踏まえて、特許庁においては、右取扱を改め、使用説明書を出願と同時に提出しなかつた場合はもちろんのこと、実質上使用説明書を提出しないのと同視し得るような脱法的なものは別として、手続補正書による明白な誤記の訂正に加え、その他使用説明書の補正をしようとする手続補正書を受理して、審査官がその補正について当該登録商標の使用を立証するための資料として採用するか否か、手続補正書により補正された使用説明書の内容が実質的に変更であるか否か判断をすることとした。

(2) 更新登録出願における審査官の審査実務

審査官は、更新登録の出願を含む商標登録出願について、登録要件等の審査をするに当たり、法の規定に従つて判断しなければならないが、法の解釈に当たつては、特許庁としての公式見解ともいえる「工業所有権法逐条解説」において示されている各条文の趣旨説明を基礎とし、法を円滑に運用し、審査官による判断の統一、審査の適正、促進を図るために作成されている「商標審査基準」、及び特許庁内部における手続や細部の運用に関する事項等について、審査が一定の基準に従つて公平かつ迅速に行なわれるように作成されている「商標審査便覧」において示された基準に従つて審査を行つている。

右「工業所有権法逐条解説」は、商標法二一条一項二号について、「本項二号においては、二〇条の二第一号または二号の規定により提出された同条一号または二号の書類だけで一九条二項ただし書二号又は同条三項の要件を審査することとし、その審査のための資料の時間的及び量的範囲を絞つている」とした上、「前条の規定により提出された」という字句の解釈として、「更新登録の出願と同時に提出された」という意味であると説明し、商標法二〇条の二の趣旨については、「更新登録出願に係る登録商標の使用がなされていないことの確認は、その性質上職権調査にはなじみにくいことおよび大量の出願を処理しなければならないという事務処理上の要請から更新登録の出願と同時にその出願に係る登録商標の使用に関する資料を書類により提出させることとし、審査官はその書類のみで審査を行なうこととした。(二一条一項二号参照)。」と説明している。

そして、「商標審査便覧」は、「43・03」において、「更新登録出願と同時に提出された登録商標の使用説明書又は登録商標の不使用についての正当理由説明書の内容を実質的に変更するような補正を認めることは、商標法第二〇条の二及び第二一条第一項第二号の趣旨に反する。なお、登録商標の使用説明書の内容を実質的に変更するような補正とは、『誰が、いつ、どこで、どのような商標を、どのような商品に使用し、その事実を示す資料はこのとおりである。』という登録商標の使用説明書の内容を実質的に変更することをいう。したがつて、これらの構成要件のいずれかが変更されれば、その内容が実質的に変更されることになるが、願書、委任状その他更新登録出願と同時に提出された資料から判断して、明らかに誤記と認められる事項を訂正する場合は、その内容が実質的に変更されるものとは解されない。また、明瞭でない記載を釈明することも、その内容が実質的に変更されない限り、認められる。登録商標の使用説明書の内容を実質的に変更する補正となる典型的な事例を挙げれば、下記のとおりである。」として、「商標の使用に係る商品名をAからBに変更する補正」、「写真その他の資料を補充、訂正又は変更する補正」を挙げている。

(3) 本件更新登録出願の審査

本件更新登録出願について、審査官は、右(2)の審査実務に従い、審査を行つた結果、本件拒絶査定に至つた。

(4) 本件審判請求の審理

昭和六二年五月二九日、原告から、第一次訴訟の判決が確定した旨の同月二七日付上申書が特許庁長官宛てに提出されたが、本件審判請求以前に請求された審判請求が未処理案件として相当数存在していたこともあつて、この時点では本件審判請求の審理に容易に着手できる状況にはなかつた。

その後、原告から本件審判請求の審理を促す平成四年九月九日付上申書が提出され、審判官も調査、検討を進めていたが、より慎重な検討に時間を要したので、合議の結論を出すには至らない状態であつた。

そして、再度審理を促す平成五年二月一五日付上申書が提出された時点では、検討がある程度煮詰まり、結論を出せる状況になつてきたので、合議の上結審し、登録をすべき旨の本件審決をしたものである。なお、右各上申書では、審査の実情を回答するように求めているが、特許庁において右のように審決すべく検討・審理をしていたので、特に回答することなく本件審決に至つたのである。

しかして、前記のとおり、商標法二〇条の二及び二一条一項二号は、登録商標の更新登録を認めるか否かの判断は説明書のみによることを明示しているのであるから、更新登録出願と同時に提出された登録商標の使用説明書の内容を実質的に変更するような補正(たとえば、使用商品Aを別異の使用商品Bに補正すること)を認めることは、右各条項の趣旨に反することとなるし、また、使用説明書の使用に係る商品名の変更等、実質的に願書の差し替えを内容とする補正がされた場合には、改めて実体審査をやり直す必要があり、補正が一回で済まずに拒絶理由の通知と補正を繰り返すケースが生じ得る等の弊害の発生が予想され、補正の内容が適正なものであるか否かは内容審査をして初めて判明する性質のものであるから、更新登録出願において一般的に補正を認容することは、更新登録出願のみならず、通常の出願の処理の遅延の原因となることが明らかである。

第一次訴訟の確定判決も、「実質上使用説明書を提出しないのと同視しうるような、いわば脱法的な場合まで更新登録出願が認められるものでないことは明らかであり、このような場合は使用説明書の追完・補正は許されず、右各条項違反として更新登録を拒絶することができると解される。」と判示しており、本件不受理処分を違法として取消したに過ぎず、原告が提出した本件補正書のように商品区分及び商品を全く別のものに変更する補正が内容においても適正なものとして許容されると判示しているわけではない(仮に右の事項まで判断しているとしても、その判断には既判力が生じるわけでもない。)。

したがつて、右判決を受けて、いかなる補正まで適正なものとして認めるべきか(使用商品を商品区分も商品も全く異なるものに変更することを内容とする使用説明書が、当該登録商標の使用を立証するための使用説明書として採用し得る範囲内の補正であるか)について、本件審判請求に対する判断がリーディングケースとして現在及び将来における更新登録の審査、審判手続に影響を与えることが予想されることから、審判官は審判請求の理由及び審判手続において提出された補充証拠等を特に慎重に検討し、審判手続を進める必要があつた。

本件補正書は、使用商品を、日常使用される繊維製品をまとめた商品区分(商標法施行規則〔ただし、平成三年九月二五日政令第二九九号による改正前のもの〕三条別表)第一七類に属する寝具類中の商品「毛布」から、それ自体日常使用されるものではなくいわば半製品である生地の段階の繊維製品をまとめた商品区分第一六類に属する商品「フェルト」に補正するものであつて、使用説明書の内容を全く差し替えるものであるから、本来実質的な変更に当たるというべきものであつた。

しかしながら、本件審判請求の審理に際しては、願書に添付された登録商標の使用説明書、意見書、第一次訴訟の判決を受けて受理された本件補正書、意見書、審判請求の理由及び本件審判手続において提出された補充証拠等を総合勘案し、本件登録商標の指定商品中には「フェルト」のみならず「シーツ用織物」が包含されており、これと「毛布」は寝具用品という点での共通性を有するものであること、また、これらの商品と「毛布」とは、ともに広義の織物製品に属し、その取引者及び取引の流通系統を同じくする場合があるという点において密接な関係を有していることなどの事情を特に考慮して、本件登録商標の使用証明としての使用商品を「フェルト」とすべきところを「毛布」としたことに錯誤があつたものと認めた上、その錯誤は審判手続で提出された補充証拠等により客観的に認め得るとして、登録をすべき旨の本件審決を行つたのである。

(三) 民法七〇九条についての通説的見解は、権利侵害をもつて違法な行為の一徴表に過ぎないとし、右にいう違法性は被侵害利益の種類、性質と侵害行為の態様との相関関係において決せられるべきものと解している(相関関係説)。右のような理解は、固有の意味での権利侵害がなくても不法行為的保護を与えるにふさわしい法益の侵害があれば、それをも民法七〇九条の適用領域に加えようとする考え方に由来しており、固有の意味における権利侵害があれば、私人相互間においては元来他人の権利を侵害することが許されていない以上、加害者側において特段の違法阻却事由の存在を証明しない限り、不法行為責任を負うことは自明の理であることになる。

これに対し、国家賠償法一条一項にいう「違法」については、国又は地方公共団体と私人は、治者対被治者の関係にあることが前提になつていることから、権利侵害即違法とはいえない。公権力の行使は、本来国又は公共団体の統治権に基づく優越的意思作用であり、それを行使すれば、多くの場合に生命、自由、財産の剥奪や制限という私人間ではおよそ許されない権利侵害を伴うものであるが、そのことは公権力行使の根拠法令自体によつて予定され、適法行為として許容されている。

それゆえ、国家賠償責任を論ずるにあたつては、権利侵害の事実をもつて直ちに違法性評価の契機ないし基準とすることはできず、当該公権力行使の根拠規範(行為規範)の目的、内容に照らして、当該権利侵害が、法の予定している行為の種類、態様を逸脱しているか否かが違法性判断の基準とされるべきものである。換言すれば、国家賠償法一条一項の違法とは、国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背することをいうものと解すべきである(最判昭和六〇年一一月二一日民集三九巻七号一五一二頁)。

これを審判手続についてみると、審判手続が国家賠償法上違法であるか否かは、その根拠規範である商標法等の関係法規の目的、内容に照らし、法の予定する審判手続の態様を逸脱しているか否か、換言すれば、審判官が、当該更新登録出願人に対して負担する職務上の法的義務に違背したかどうかによつて判断しなければならない。

そして、前記(二)にみた審判手続の特質から、審判手続においてどの程度慎重に審理すべきかについては、商標法等、関係法令に違背しない範囲で自由に決することができるというべきであり、審判手続に関する裁量の範囲は相当広範であるというべきである。したがつて、審判官に職務上の法的義務違反があつたというためには、事件が審判事件として係属している期間(審判請求時から審決時まで)における審判手続の経緯を総合的に考慮して、その過程が明らかに不合理と認められる場合であることを要すると解すべきである。

これを本件についてみると、<1>本件審判請求が係属していた当時、前記(二)のとおり多数の未済事件が係属していたこと、<2>前記(二)(4)にみたとおり、本件審判請求に対する判断がリーディングケースとして現在及び将来における更新登録の審査、審判手続に影響を与えることが予想されることから、審判官は審判請求の理由及び審判手続において提出された補充証拠等を特に慎重に検討し、審判手続を進める必要があつたこと等の諸事情が存在したのであり、これらを総合すれば、本件審判手続は適正かつ正当な手続のもとに行われたものであり、少なくとも、その過程が明らかに不合理と認められる場合ではなかつたというべきである。

二  争点2(違法な公権力の行使と原告主張の損害との間に因果関係が認められるか)

1  原告の主張

原告が平成四年九月九日と平成五年二月一五日の二回にわたつて特許庁長官に宛てて提出した上申書には、特許庁における審査の実情を回答するように求めており、特に平成五年二月一五日に提出した上申書には返信用の葉書まで同封していたのに、特許庁長官からは何の応答もなかつたこと、本件審判手続の審判官の氏名が原告に通知されたのが第二次訴訟の提起(平成五年七月一二日)の直後である同年八月九日であり、その後同月一八日には審決がされていることからすれば、特許庁長官は第二次訴訟の提起を受けて初めて登録する旨の査定をしたことは明らかである。

また、商標法二〇条四項が一〇年近くも更新手続をしないことを予想した規定とは考えられない。けだし、同条二項によると、商標権者の登録出願は、存続期間の満了前六か月から三か月の間にしなければならないとし、その期間は不変期間であるとしていた(同条三項)。右の趣旨は、残りの三か月に特許庁が更新登録手続を終了することが前提であつた。しかし、旧法時代更新登録手続が残りの三か月以内にできないことがあつたので、同条四項が規定されたのである。したがつて、同条四項は、長くても出願から一、二年の間に更新登録手続がされることを予定したものというべきである。

2  被告の主張

本件においては、原告から平成四年九月九日付及び平成五年二月一五日付の審理を促す上申書が提出されたが、平成四年九月の段階では合議の結論を出すに至つていなかつたものの、平成五年二月の時点で結論を出せる状況になつてきたため、合議の上結審し、登録をすべき旨の本件審決をしたのであり、右各上申書の提出、あるいは第二次訴訟の提起を契機に合議を開始したわけではないこと、更新登録出願がされれば、それによつて商標権の存続期間はその満了の日の翌日から更新されたものとみなされるので(商標法二〇条四項)、本件商標権は、平成五年一一月二九日の存続期間の更新の登録により、一時的にもせよ消滅することなく存続していることを考慮すると、本件審判手続と原告主張の損害の間には因果関係がない。

三  争点3(原告の損害金額)

1  原告の主張

第二次訴訟を提起せざるを得なかつたことにより原告の被つた損害は次のとおり合計一〇八万二一四七円である。

(一) 第二次訴訟の印紙代八二〇〇円

被告は印紙代について還付請求ができるとして損害の一部を否認するが、原告に還付請求をする義務はないし、いずれにしろ国により負担されるべきものである。

(二) 第二次訴訟の予納切手代(原告に返還された分を除く。)一八八七円

(三) 出張旅費(二回分)七万二〇六〇円

弁護士が大阪から東京に出張するには飛行機又は新幹線(グリーン車)を使用することは公知の事実であり(日弁連の報酬規則三八条によると、弁護士が受任事件等について出張するときの旅費は最高の運賃とすることとされている。)、原告訴訟代理人は後者を利用した。

(四) 第二次訴訟と本件訴訟の弁護士費用一〇〇万円

第二次訴訟は行政事件であり、訴額は九五万円とみなされている(民事訴訟費用等に関する法律四条二項)。しかし、行政事件は決して非財産権上の訴えではなく、便宜上同条項を適用又は準用しているに過ぎない。したがつて、右訴額を基準として弁護士費用を決定するわけにはいかない。ちなみに、弁理士会の特許事務標準額表によると、行政不服審査法による事件は手数料一二万円、報酬一二万円であり、他方、訴訟事件の手数料は八〇万円、報酬も八〇万円である。そうすると、第二次訴訟の弁護士費用としては、右の中間である手数料、報酬各四六万円が妥当である。

また、本件訴訟は訴額が一〇八万二一四七円であるから、手数料は一四万五〇〇〇円である。

本件では、第二次訴訟の手数料及び報酬の合計九二万円の内金八五万五〇〇〇円と、本件訴訟の手数料一四万五〇〇〇円の合計一〇〇万円を請求する。

2  被告の主張

原告が第二次訴訟の印紙を納付したことは認めるが、原告は民事訴訟費用等に関する法律九条二項一号により還付の申立てができるはずである。

予納切手代は認める

その余の損害は争う。

第四  争点に対する判断

一  争点1(特許庁長官又は審査官もしくは審判官が、第二次訴訟の提起に至るまで審査ないし審判をしなかつた不作為は、国家賠償法一条一項にいう違法な公権力の行使に当たるか)について

1  本件において問題となるのはいずれの公務員のいかなる不作為か

弁論の全趣旨によれば、原告による本件審判請求の後、特許庁長官が商標法五六条一項、特許法一三七条一項により合議体を構成すべき審判官を指定し、これにより本件審判請求事件は審判官の合議体に係属したものと認められる。

そして、行政不服審査法四八条、三四条一項、行政事件訴訟法二五条一項によれば、審査手続中に提出された書類が不受理となつた場合において、これに対し行政不服審査法による異議申立てをしたり、行政事件訴訟法による処分取消しの訴えを提起したとしても、審査手続における審査の続行、処分の執行を妨げるものではないと解され、本件不受理処分が取消されたからといつて、本件拒絶査定が当然に無効になるとまでいうことはできないこと、商標法五六条一項、特許法一六〇条によれば、審判において査定を取消す場合においても、事件を審査手続に差し戻すか否かは審判官の裁量によるものと解されることからすると、本件において事件を審判手続で審理したこと自体をもつて違法ということはできない。

したがつて、本件において、国家賠償法一条一項にいう違法な公権力の行使に当たるか否かは、特許庁審判官が第二次訴訟の提起に至るまで審判をしなかつた不作為について検討すべきことになる。

2  審判手続における違法性の判断基準

国家賠償法一条一項は、国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときに、国又は公共団体がこれを賠償する責に任ずることを規定するものである(最一小判昭和六〇年一一月二一日民集三九巻七号一五一二頁)。

商標権の存続期間が設定登録の日から一〇年であり、更新登録の出願によりさらに一〇年ごとに更新が認められる(商標法一九条)こと、同法二〇条二項が更新登録の出願は商標権の存続期間が満了前六か月から三か月までの間にしなければならないと定めているのは、できるだけ存続期間の満了までの間に更新登録(又は拒絶査定)をするものとする趣旨と解されることからすると、更新登録出願についての拒絶査定に対して審判請求があつた場合、審判官としては、商標権の存続期間の満了後再度一〇年の存続期間が満了する前に審決をすべきことは当然のこととして、右二〇条二項の趣旨に照らしてできる限り早期に審決をすべき作為義務があると解するべきである。

ただ、存続期間が満了するまでの間に更新の可否の判断をすることが必ずしも容易でないことから、審査の遅延に備えて同条四項が定められていること、審判手続では審査手続で判断が示されている事項について、審判官の合議体によりさらに慎重に審理すべきことが予定されていること(商標法五六条一項、特許法一三六条一項)からすると、一般的には審判手続の運営についての審判官の裁量は相当に広範なものとなる。

したがつて、審判官が前記作為義務に違反したというためには、審決に至るまでに要した時間、特許庁の執務体制、当該審判手続の対象となる事件の判断の難易、当該事件で認められる特殊事情等を総合的に考慮し、右裁量を前提としてもなお、不当に長期間にわたり審判をしなかつたということができる場合であることを要すると解するべきである。

3  本件における作為義務違反の有無

(一) 第二次訴訟が提起されるまでの間に、本件商標権の存続期間の満了(昭和五九年七月八日の経過)から約九年、本件審判請求から約八年半、第一次訴訟の判決確定から六年余を経過しており、常識的にみても、前記商標法二〇条二項の趣旨、商標権の存続期間との対比からしても、長期間にわたり審決がされなかつた事実は否めないところである。

(二) 《証拠略》によれば、商標に関する審判事件の処理状況は、本件審判請求がされた昭和六〇年については、審判請求件数が五四五六件、処理件数が二八九六件、未済件数が二万四四一三件であつて、平均処理期間は八年強であり、昭和六一年については、審判請求件数が四二五一件、処理件数が三〇七五件、未済件数が二万五五八九件であつて、平均処理期間は約八年四か月であり、昭和六二年については、審判請求件数が四三七八件、処理件数が四五四九件、未済件数が二万五四一八件であつて、平均処理期間は約五年七か月であることが認められる。

(三) 被告は、第一次訴訟の確定判決は、本件不受理処分を違法として取消したに過ぎず、原告が提出した本件補正書のように商品区分及び商品を全く別のものに変更する補正が内容においても適正なものとして許容されると判示しているわけではなく(仮に右の事項まで判断しているとしても、その判断には既判力が生じるわけでもない。)、したがつて、右判決を受けて、いかなる補正まで適正なものとして認めるべきか(使用商品を商品区分も商品も全く異なるものに変更することを内容とする使用説明書が、当該登録商標の使用を立証するための使用説明書として採用し得る範囲内の補正であるか)について、本件審判請求に対する判断がリーディングケースとして現在及び将来における更新登録の審査、審判手続に影響を与えることが予想されることから、審判官は審判請求の理由及び審判手続において提出された補充証拠等を特に慎重に検討し、審判手続を進める必要があつた旨主張し、第一次訴訟の判決を前提としても、原告の本件補正書による補正を適正なものとして認めることができるかどうかについてはなお慎重な検討が必要であつたかのように主張する。

しかし、第一次訴訟の確定判決は、本件不受理処分の適法性に関して、特許庁長官が、「商標法二〇条の二第一号に規定する使用説明書は、その補正が明白な誤記の訂正を目的とするものである場合はともかく、商標の使用に係る商品名、使用事実を示す書類を変更するような補正は認められない。(中略)以上のとおり本件使用説明書についてはこれを実質的に変更する補正は許されないものである。ところで、商標法二〇条の二第一号の使用説明書を実質的に変更する補正とは、『商標の使用者、商標の使用に係る商品名、商標の使用場所、商標の使用の事実を示す書類』(商標法施行規則三条の四様式八参照)のいずれかを変更する補正をいうところ、本件補正書は、本件使用説明書の『商標の使用に係る商品名』を商標法施行令一条別表で定める商品の区分及び同法施行規則三条別表で定める商品の区分の第一七類に属する商品である『毛布』から第一六類に属する商品である『フェルト』に訂正し、かつ、『商標の使用の事実を示す書類』の欄の内容を変更しようとするものであつて、本件補正書は、本件更新登録出願時の使用説明書を実質的に変更するものである。したがつて、右補正は許されないから、本件補正書を不受理とした被告の処分は適法である。」と主張したのに対して、「以上のとおり、使用説明書の補正を許さないとする実質上の理由は乏しく、むしろその補正を許すべき必要性が大きいと認められるから、前記商標法二〇条の二、二一条一項二号の規定も、使用説明書の補正を禁止する趣旨までも含むものではないと解釈すべきである(こう解しても、使用説明書を更新登録出願と同時に提出することをしない場合や実質上使用説明書を提出しないのと同視しうるような、いわば脱法的な場合まで更新登録出願が認められるものでないことは明らかであり、このような場合は使用説明書の追完・補正は許されず、右各条項違反として更新登録を拒絶することができると解される。)。また、商標法二二条は、補正の却下に関する特許法五三条を準用していないが、これは更新登録出願については出願公告の制度がないので同条を準用しなかつたと解するのが相当であり、右商標法二二条が使用説明書の補正を禁止しているとまで解することはできない。そして、他に使用説明書の補正を制限する規定は存在しない。以上のとおり、使用説明書の補正を禁止する実質上、条文上の根拠がなく、逆に補正を許すべき必要が大きいので、商標法六八条の二により使用説明書の補正は許されると認められる。(なお、本件補正書が、商標法二〇条の二、二一条一項二号の規定を潜脱するものであるとの事実を認めるに足りる証拠はない。)そうすると、使用説明書の補正が許されないとの前提のもとにされた本件各不受理処分は、右前提が誤りであるから、その余の点について判断するまでもなく違法であると認められる。」と判示して、本件不受理処分を取消したものであつて、右判決は、使用説明書の補正は、「使用説明書を更新登録出願と同時に提出しない場合や実質上使用説明書を提出しないのと同視しうるような、いわば脱法的な場合」を除いて、許されるとした上、本件補正書は、右にいう「実質上使用説明書を提出しないのと同視しうるような、いわば脱法的な場合」には該当しないとして(「本件補正書が、商標法二〇条の二、二一条一項二号の規定を潜脱するものであるとの事実を認めるに足りる証拠はない。」と明確に判示している。なお、「使用説明書を更新登録出願と同時に提出しない場合」に該当しないことはいうまでもない。)、本件不受理処分を違法として取消したことは明らかである(もし、右判決が、本件補正書は右「実質上使用説明書を提出しないのと同視しうるような、いわば脱法的な場合」に該当すると判断したのであれば、使用説明書の補正の許否についての特許庁の基準は採用しないとしても、右判決の採用する基準によつても本件補正書による補正は許されず、結局本件不受理処分は適法ということになるから、本件不受理処分を違法として取消すことはできなかつたはずである。)。すなわち、特許庁長官が、「商標の使用に係る商品名、使用事実を示す書類を変更するような補正」ないしは「使用説明書を実質的に変更する補正」は許されないとする基準を前提に、本件補正書による補正は「商標の使用に係る商品名、使用事実を示す書類を変更するような補正」ないしは「使用説明書を実質的に変更する補正」に該当するから許されないと主張したのに対し、右判決は、使用説明書の補正は、「使用説明書を更新登録出願と同時に提出することをしない場合や実質上使用説明書を提出しないのと同視しうるような、いわば脱法的な場合」を除いて、許されるとした上、本件補正書は右「実質上使用説明書を提出しないのと同視しうるような、いわば脱法的な場合」には該当しないとして、本件不受理処分を違法として取消したのであるから、「商標の使用に係る商品名、使用事実を示す書類を変更するような補正」ないしは「使用説明書を実質的に変更する補正」は許されないとする特許庁長官の主張は採用せず、「商標の使用に係る商品名、使用事実を示す書類を変更するような補正」ないしは「使用説明書を実質的に変更する補正」であつても、「実質上使用説明書を提出しないのと同視しうるような、いわば脱法的な場合」に該当しない限り、使用説明書の補正は許され、かつ、本件補正書は右「実質上使用説明書を提出しないのと同視しうるような、いわば脱法的な場合」に該当しないとしたものであることが明らかである。

したがつて、特許庁長官としては、右判決に対して控訴、上告の途が残されていたにもかかわらずこれをせず、右判決を確定させた以上は、行政事件訴訟法三三条一項により、もはや、本件補正書による補正はその内容の点で許されないという理由でこれを不受理とすることはできず、同判決の趣旨に従い、他に不受理とすべき理由がない限り、本件補正書を受理しなければならない拘束力を受けるものというべきである。そして、本件補正書が、本件更新登録出願が審査に係属している間に提出され、商標法施行規則六条一項において準用する特許法施行規則一一条に定める様式第五に基づき作成されていることは第一次訴訟において特許庁長官の認めるところであり、他に不受理とすべき理由の存在は認められない。

この点について、被告は、右判決は、本件補正書のように商品区分及び商品を全く別のものに変更する補正が内容においても適正なものとして許容されると判示しているわけではない、というのであるが、本件補正書による補正が商品区分及び商品を全く別のものに変更することは明らかであるのに、右判決は、「実質上使用説明書を提出しないのと同視しうるような、いわば脱法的な場合」に該当しないとして右補正が許されるとしているのである。

被告は、また、右判決を受けて、いかなる補正まで適正なものとして認めるべきか(使用商品を商品区分も商品も全く異なるものに変更することを内容とする使用説明書が、当該登録商標の使用を立証するための使用説明書として使用し得る範囲内の補正であるか)について、本件審判請求に対する判断がリーディングケースとして現在及び将来における更新登録の審査、審判手続に影響を与えることが予想されることから、審判官は審判請求の理由及び審判手続において提出された補充証拠等を特に慎重に検討し、審判手続を進める必要があつた、というのであるが、なるほど、右判決にいう「実質上使用説明書を提出しないのと同視しうるような、いわば脱法的な場合」とは具体的にいかなる場合をいうのかは、必ずしも明確でないものの、こと本件補正書に関する限り、右の場合に該当しないとしているのであるから、本件審判手続においてこの点を検討する余地はなかつたものである。被告は、本件訴訟においてなおも、「本件補正書は、使用商品を、日常使用される繊維製品をまとめた商品区分第一七類に属する寝具類中の商品『毛布』から、それ自体日常使用されるものではなくいわば半製品である生地の段階の繊維製品をまとめた商品区分第一六類に属する商品『フェルト』に補正するものであつて、使用説明書の内容を全く差し替えるものであるから、本来実質的な変更に当たるというべきであつた。」と主張し、したがつて本来本件補正書による補正は許されないものであると主張するようであるが、かかる見解は、第一次訴訟の確定判決により排斥されたものであることは、前示のとおりである。続いて、被告は「しかしながら、本件審判請求の審理に際しては、願書に添付された使用説明書、意見書、第一次訴訟の判決を受けて受理された本件補正書、意見書、審判請求の理由及び本件審判手続において提出された補充証拠等を総合勘案し、本件登録商標の指定商品中には『フェルト』のみならず『シーツ用織物』が包含されており、これと『毛布』は寝具用品という点での共通性を有するものであること、また、これらの商品と『毛布』とは、ともに広義の織物製品に属し、その取引者及び取引の流通経路を同じくする場合があるという点において密接な関係を有していることなどの事情を特に考慮して、本件登録商標の使用説明としての使用商品を『フェルト』とすべきところを『毛布』としたことに錯誤があつたものと認めた上、その錯誤は審判手続で提出された補充証拠等により客観的に認め得るとして、登録をすべき旨の本件審決を行つたのである。」と主張し、本件審決も、「本件の審理にあたつては、原審における前記手続の経緯並びに前記判決の結論及びその趣旨をふまえて審理するならば、原審において提出された当初の使用説明書に記載された商品『毛布』及び該商品の写真を出願後に商品『フェルト』及び該商品の写真に差しかえた前記の意見書に添付した本件商標の使用説明書の提出が商標法第二〇条の二及び同法第二一条第一項第二号の規定の趣旨に反するものであるか否かについてみると、本件商標の指定商品は、前記のとおりのものであるが、該商品中には『フェルト』のみならず『シーツ用織物』が包含されており、これと当初の使用説明書における『毛布』とは、寝具用品という点での関連性を有するものである。また、これらの商品と当初の使用説明書における商品『毛布』とは、ともに広義の織物製品に属し、その取引者及び取引の流通系統を同じくする場合があるという点において密接な関係を有しているため、当初の使用説明書の作成において、その選択に際し、誤認しやすい素地を有していたものとみるべきであることを考慮するならば、当初の使用説明書の記載及び添付写真については明白な錯誤による書類の提出があつたものと認めることができる。そうとすれば、本願の出願後に提出された前記の昭和五九年一〇月一八日付の意見書に添付された本件商標の使用説明書に記載された内容は、当初の使用説明書の内容を変更するものとみるべきではなく、商標法第二〇条の二及び同法第二一条第一項第二号の規定の趣旨を潜脱するものではないといわなければならない。してみれば、本願の出願後に提出した前記使用説明書の記載並びに当審において提出した甲第一号証~甲第一八号証の二をも参酌して考慮するならば、請求人(出願人)は、本願の出願前三年以内に、本件商標をその指定商品について使用をしていないものということはできないと判断するを相当とする。したがつて、本願を商標法第一九条第二項ただし書第二号に該当するとして拒絶した原査定は、妥当なものではなく取消しを免れない。」と説示しており、あたかも第一次訴訟の確定判決が本件不受理処分を違法として取消したのは、本件補正書による補正は、明白な錯誤の訂正に当たるものであり、使用説明書の内容の実質的な変更には当たらないとしたためであるとするかのようであるが、かかる見解は、右判決と相容れないものである。右のような本件審決の説示は、右判決にもかかわらず、「使用説明書の補正は、明白な誤記の訂正を目的とするもの以外は、認められない。」あるいは「使用説明書の内容を実質的に変更する補正は認められない。」とする被告主張の特許庁の従来の取扱いを改める必要はないようにするべく、右判決が特許庁の実務に与える影響を極力最小限に抑えようとすることに腐心していた姿勢を如実に示すものといわざるを得ない。

よつて、被告の主張はいずれも採用できない。

(四) 以上によれば、第二次訴訟の提起までの間に本件商標権の存続期間の満了から約九年、本件審判請求から約八年半、第一次訴訟の判決確定から六年余を経過しており、常識的にみても、前記商標法二〇条二項の趣旨、商標権の存続期間との対比からしても、長期間にわたり審決がされなかつた事実は否めないところ、本件審判請求がされた当時、特許庁において商標に関する審判事件の未済件数が多数にのぼり、その平均処理期間は、昭和六〇年で八年強、昭和六一年で約八年四か月、昭和六二年で約五年七か月であつたというのであるが、第一次訴訟の判決が確定した昭和六二年より後の年度における未済件数及び既済事件の平均処理期間、特に本件審判請求がされた昭和六〇年に請求された審判事件の各年度における処理件数及びその平均処理期間が明らかでなく、更新登録出願の審査手続において、適正な願書と使用説明が提出されている場合には、更新登録が出願から三か月ないし六か月で終了しているケースがあることは、被告も争わないところであり、このことと《証拠略》によれば、更新登録は、通常、遅くとも出願から一、二年の間には終了していると推認されること、本件においては、審査手続において本件拒絶査定がされたため原告の審判請求により審判手続に移行したものの、本件拒絶査定は、本件補正書を不受理とした本件不受理処分を前提に、本件補正書による補正を判断資料として採用していないものであり、その本件不受理処分が第一次訴訟の確定判決により違法として取消された以上、本件拒絶査定も、手続面において違法たるを免れず、判断資料の範囲という前提問題で誤つていたことが明らかにされたのであるから、本件更新登録出願を審判手続で審理したこと自体をもつて違法といえないことは前示のとおりあるものの、審判手続において、通常の審査手続に準じた期間での処理が求められたというべきであり、そして、本件審決の前記説示に照らすと、その審判手続において本件補正書を判断資料として採用した上での、出願前三年以内に本件登録商標をその指定商品について使用をしていないときに該当しないという判断についても、格別困難な点は窺われないこと、それにもかかわらず、審判官は、特許庁の従来の取扱いを改める必要はないようにするべく、右判決が特許庁の実務に与える影響を極力最小限に抑えようとすることに腐心していたといわざるを得ないこと、一方、審判手続における審理の遅延につき原告には何ら非難されるべき点はなく、原告が、昭和六二年五月二七日付上申書により第一次訴訟の判決確定の旨を通知し、更に、平成四年九月九日付及び平成五年二月一五日付各上申書により至急審査をするよう求め、かつ、審査の実情について回答するよう求めたにもかかわらず、審判官は何の応答もしなかつたこと、以上の事実に鑑みれば、前示のような商標に関する審判事件の処理状況及び審判事件の運営についての審判官の裁量の広範性を考慮に入れてもなお、審判官が第一次訴訟の判決の確定から六年余経過しても審決をしなかつたことについては、合理的な理由を見出し難く、不当に長期間にわたり審判をしなかつたというべきであり、したがつて、前記2に説示したところに従い、審判官には作為義務違反があるというべきであり、過失に基づく違法なものといわざるを得ない。

二  争点2(違法な公権力の行使と原告主張の損害との間に因果関係が認められるか)

被告は、原告から平成四年九月九日付及び平成五年二月一五日付の審理を促す上申書が提出されたが、平成四年九月の段階では合議の結論を出すに至つていなかつたものの、平成五年二月の時点で結論を出せる状況になつてきたため、合議の上結審し、登録をすべき旨の本件審決をしたのであり、右各上申書の提出、あるいは第二次訴訟の提起を契機に合議を開始したわけではないこと、更新登録出願がされれば、それによつて商標権の存続期間はその満了の翌日から更新されたものとみなされるので(商標法二〇条四項)、本件商標権は、平成五年一一月二九日の存続期間の更新登録により、一時的にもせよ消滅することなく存続していることを考慮すると、本件審判手続と原告主張の損害の間には因果関係がないと主張する。

しかし、被告の主張によると、本件審決をした審判官が本件審判請求事件の担当審判官となつたのは平成五年四月というのであり、特許庁長官から原告に本件審判請求の担当審判官の氏名が通知されたのは、第二次訴訟の提起直後の(そして、訴状送達の後と推認される)平成五年八月九日付通知書によつてであり(同月二三日到達)、それから間もない同月一八日に本件審決がなされていること(違法とはいえないが、審理終結通知〔商標法五六条一項、特許法一五六条〕がなされた形跡も窺えない。)からすると、本件審決は、第二次訴訟が提起されたがために、急遽されたものと推認されても仕方のないところである。また、なるほど本件商標権は本件更新登録出願及び存続期間の更新登録により、一時的にもせよ消滅することなく存続していることになるが、原告の主張する損害は、本件商標権が消滅したことによる損害ではなく、本件更新登録出願に対する審理が遅延したことによつて原告が第二次訴訟を提起せざるを得なかつたことによる損害であり、前示の経過に照らせば、原告が第二次訴訟を提起したことも無理からぬところといわなければならないから、本件審決の遅延と原告主張の損害との間には相当因果関係があるというべきであり、被告の主張は採用することができない。

三  争点3(原告に生じた損害金額)

(一)  原告が第二次訴訟の提起の際に印紙八二〇〇円分及び予納切手(原告に返還された分を除く。)一八八七円分を納付したことは争いがなく、右は原告が第二次訴訟の提起を余儀なくされたことと相当因果関係にある損害と認められる。なお、被告は、印紙代について、原告は民事訴訟費用等に関する法律九条二項一号により還付の申立てができる旨主張するが、第二次訴訟については二回口頭弁論期日が開かれ、原告は第二回口頭弁論期日において訴えを取り下げたのであり、それにもかかわらず本条項の適用がある場合であることを認めるに足りる証拠はない。

(二)  甲第八号証によれば、原告は、第二次訴訟の二回にわたる口頭弁論期日の主張旅費として、原告訴訟代理人に対し、東京--新大阪間の新幹線グリーン車往復運賃合計七万二〇六〇円を支払つたことが認められ、これは前同様の相当因果関係にある損害と認められる。

(三)  《証拠略》によれば、原告は、第二次訴訟及び本件訴訟の追行を本件訴訟代理人に委任したことが認められ、第二次訴訟が目的を達して第二回口頭弁論期日で訴えの取下げにより終了したことを含め、一切の事情を斟酌すれば、第二次訴訟分五〇万円、本件訴訟分一四万五〇〇〇円の合計六四万五〇〇〇円をもつて、前同様の相当因果関係にある損害と認めるのが相当というべきである。

第五  結論

よつて、原告の請求は、七二万七一四七円(及び原告主張の遅延損害金)の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余を棄却することとし、主文のとおり判決する(なお、仮執行の宣言は、相当でないからこれを付さないこととする。)。

(裁判長裁判官 水野 保 裁判官 小沢一郎 裁判官 本吉弘行)

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